展覧会

駒井哲郎版画展

2009/6/27(土)〜7/20(月・祝)


開催時間:12時〜19時
閉廊日:月曜日・火曜日(7/20[月・祝]は開廊)

オープニングレセプション

2011/6/27日 17:00〜19:00(土)(参加自由)

ギャラリートーク

東京・青山のギャラリー「ときの忘れ物」のオーナー、綿貫不二夫氏をゲストにお招きしたギャラリートークを開催します。 綿貫氏は美術書の編集も手がけており、駒井哲郎作品に精通していることでも知られています。
◆日時 :7月12日(日) 15:00〜16:30
◆会場 :E&Cギャラリー
◆ゲスト:綿貫不二夫氏
◆参加費:一般500円/会員無料(※会員証の提示をお願いします)
※要予約(定員30名)

E&Cギャラリーの3度目の企画展として、駒井哲郎版画展を開催いたします。
初期の名作「孤独な鳥」から代表作「からんどりえ」など21点の版画作品を紹介いたします。


「時代に先駆け、今も生きる駒井哲郎」

銅版画の詩人と謳われた画家の初期の名作[孤独な鳥]から代表作[からんどりえ]などの20点による駒井哲郎展が開催されると聞き、再び現代美術の神話が福井から復活するのではないかとの予感に包まれている。
北荘画会を結成した土岡秀太郎は昭和初年に福井駅前にアルト開館をつくり、多くの作家を招き展覧会や講演会を開いた。彼らの前衛運動は日本の美術史に燦然と輝く記念碑である。創る側と受容・享受する側との相互作用がなければ豊かな美術文化は育たない。土岡より二周り下の駒井は15歳から東京芸大の初めての版画専任教授として56歳の若さで亡くなるまで銅版画のパイオニアとして創作と教育、そして版画の普及に生涯を捧げた。
今でこそ海外で活躍するアーティストは珍しくないが、60年前の日本は敗戦で国土は廃墟と化し人々は打ちひしがれていた。そのとき湯川秀樹のノーベル賞と水泳の古橋広之進の世界記録が人々を勇気づけたことはよく知られている。当時まだオリンピックには復帰できなかったが、1951年の第1回サンパウロ・ビエンナーレに駒井は木版の棟方志功らと出品し、コロニー賞受賞という快挙を成し遂げ、国際社会に日本人が進出するきっかけをつくった。武力ではなく文化の力が世界の扉を開いた。
瀧口修造が顧問格の[実験工房]に山口勝弘、大辻清司、武満徹、湯浅譲二らと参加し、美術と映像、音楽、文学が交叉するインターメディア作品を制作したのが1953年である。いかに時代に先駆けていたことか。現代美術の歴史は志水楠男の南画廊を抜きには語れないが、1956年その伝説の画廊の開廊記念展は駒井哲郎展だった。銅版画の小さな世界にこめた駒井の夢と幻想は今でも多くの人々に影響を与えている。来年は生誕90周年である。

綿貫不二夫


作家略歴

1920年 東京都生まれ
1935年 西田武雄主宰「日本エッチング研究所」にて銅版画技法を学ぶ
1938年 慶応義塾普通部を卒業。東京美術学校西洋画科に入学
1942年 東京美術学校西洋画科を卒業
1947年 恩地孝四郎主宰の「一木会」の同人になる
1951年 第一回サンパウロビエンナーレでコロニー賞を受賞
1953年 資生堂ギャラリーで初の個展を開催。
関野準一郎、浜口陽三らと日本銅版画協会結成
1954年 パリに留学し銅版画を学ぶ(~55年)
1957年 第一回東京国際版画ビエンナーレ出品(以降第四回まで毎回出品)
1961年 愛知県立美術館で「駒井哲郎作品展」を開催
1972年 東京芸術大学教授に就任
1976年 死去
1977年 池田20世紀美術館にて「駒井遺作展」が開催される。
1991年 資生堂ギャラリーにて「没後15年 銅版画の詩人 駒井哲郎回顧展」を開催
2000年 世田谷美術館にて「駒井哲郎展 福原コレクション」を開催


Posted on 2009-06-27 | Posted in 展覧会 | No Comments »

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